文化部のインターハイ:全国高等学校総合文化祭。
全国各地から県代表として選出された高校が集い、
日頃の成果を発表し競う文化の祭典。
また、この会は全国の文化部交流の大きな会でもある。
自分たちと同世代の高校生作品・演技・発表に触れ、感性を刺激し合う事は
単に仲間の輪を広げることだけではなく、生徒を何倍も大きく成長させる
大切な場所でもある。
今年、倉商吹奏楽部は岡山県高等学校吹奏楽連盟の推薦会議を経て、
岡山県高等学校芸術連盟より
「ぐんま総文祭:マーチング・バトントワーリング部門」へ出演が決定した。
15年ほど前に、「吹奏楽部門」で「えひめ総文祭」へ出演して以来、
2度目の快挙となる。
以下、出演に至る経緯と結果を報告します。
平成19年秋、総文祭への出演に関する推薦の話が突然飛び込んできた。
それまで、吹奏楽部は「吹奏楽連盟主催マーチングコンテスト」に
中国地区代表として5回出場(内1回全国大会金賞を受賞)していたが、
吹奏楽連盟のコンテスト部門の統一により平成18年度から、
倉商スタイルでの出演部門が無くなっていた。
マーチングコンテスト全国大会への道が閉ざされて、
他団体主催(マーチングバンド・バトントワーリング協会)の大会へ
出場することとなったのが昨年。
評価採点項目がアメリカマーチングスタイルに準拠したものであり、
和太鼓を使用した「和」を基調とする倉商スタイルは評価項目のないもので、
初出場では「中国大会銀賞」に泣いた。
生徒たちは、アメリカマーチングスタイルに変革するか、
倉商マーチングスタイルを続けるか決断を迫られることとなった。
しかし、初出場した中国大会で審査員より
「是非この日本のスタイルを踏襲してほしい」
「個性的なマーチングは観客を魅了するもので
今大会では最高のパフォーマンスであった」
「いつか、このスタイルが評価される日がきっと来る」という
沢山の熱い激励を受け、
「倉商スタイル」を守る事を決めたところであった。
19年12月の定期演奏会で、ぐんま総文祭出場を発表。
生徒・保護者・卒業生が歓喜に沸いた。

明けて、20年春。新入生28名が入部。一気に部活動が活気づく。
入部当初から、全国大会に出場する事を話し、
8月6日・8日に目標を合わせて活動を開始した。
倉敷ハートランドパレード・東商業との定期戦・春のコンサート・吹奏楽祭、
全ての行事に全部員で取り組んだ。
平行して「吹奏楽コンクール(8月12日)」への取り組みも行った。
また、嬉しい悲鳴でもあったが、
高校野球選手権岡山県大会で野球部が勝ち進み、
県大会優勝:甲子園出場が決定した。
これにより一気に8月前半のハードスケジュールが、部を襲うこととなった。
曲目の選定については、生徒の気持ちを尊重し今年のテーマを元に決めている。
今年は総文出場もあったので、「おかやま」を表現できる「うらじゃ!」に決定。
(この曲は数年前卒業生の寄付を集め、吹奏楽演奏できるよう編曲依頼をして
できた曲であり、全日本マーチングコンテストに出場したときの演奏曲である。)
その他、和太鼓が活躍できる「鹿男あをによし」「サンバ桃太郎」
「下津井節変奏曲」も演目に決まった。
次なる難関は、この曲を使用してどうマーチングの動きを
組み立てるか(コンテ作成)である。
他団体の多くは、専門のコンテ作成者に依頼するのだが、
倉商は生徒手作りを踏襲している。
部員のこと、編成のこと、自分たちの思いがコンテに表現されるので、
どんなに時間がかかっても手作りでやってこそ、オリジナリティーが発揮される。
とはいえ、技術的な壁は顧問助言のもと効果的な演出を
組み立てなければならない。
ここでのやりとりが、演奏技術だけではなく生徒達のリーダーシップや
感性・創造力・企画力を大きく成長させる要因となる。
パレード部門出場も、どのスタイルで出場するか論議を重ねた。
全国代表の集う中で「おかやま」をアピールできるもの、
「倉商」をアピールできるものについて長時間話し合いが行われた。
結果、和太鼓をヤグラに乗せた「和」の倉商スタイルで歩く事が決定。
衣装も、酷暑に耐えられるよう工夫したものを採用することとなった。
マーチングは、演奏者ひとりひとりが重要なコンテの構成者であり、
演奏者である。
演奏技術もマーチング技術も1・2・3年を問わず
全員が「全国レベル」にならなければ、成立しない。
その事を痛感している2・3年生は1年生の指導に自ずと熱が入る。
1年生は全てが初めての経験であり、驚きと不安の連続。
メンタルケアを十分に配慮しながら進めなければ良いものはできない。
今年は、3年生が健康管理とメンタルケアによく気を遣ってくれた。
ハードスケジュールにも関わらず、不調を訴える部員が極端に少なかった。
仲間作りが浸透したおかげであったと感じた。
遠征の前日、生徒達は手慣れたもので、顧問の見守る中、
てきぱきと4tトラックに荷物を入れていく。
大切な楽器なので扱いも十分手慣れている。
プロの運送業者も驚きながら見ていたのが印象的である。
移動当日、60人の生徒が一気に移動する。
とは言え修学旅行と大きく違い、顧問や添乗員が大きな声を出すことは一切無い。
生徒のリーダー達が移動計画からしおりの作成、実行、反省、
申し送りまでをするので、実にスムーズに移動できる。
毎回のことであるが、添乗員さんがいつも驚く。
今回の遠征で、高崎商業高校吹奏楽部の先生と
生徒さん達に大変お世話になった。
超多忙な日程の中で、唯一高校生と交流がもてた楽しい時間であった。
高崎商業高校体育館をお借りして練習ができ、楽器の調整も完了。
あとは本番を待つだけであった。

パレードは、前橋にある県庁をスタート地点に約1.5キロある。
地域柄、気温も35度越えとなるらしい。
健康面で心配されたが、生徒達は「元気いっぱい・夢いっぱい」
全国の大舞台で堂々とパレードをした。
沿道からは割れんばかりの拍手と歓声が上がり、生徒の気分も最高潮。
サンバ桃太郎に合わせて拍手も沸く大盛況。
「和太鼓」が練り歩く唯一無二のパレードに大喝采。
翌日は朝日新聞全国紙に写真入りで紹介された。
高気温と極度のプレッシャーに体調を崩す他団体生徒を横に、
倉商生徒達は元気に満ちあふれていた。
これにより、岡山県で初受賞となる「グッドパレード賞」を受賞した。
そして翌日、体育館を借りての猛練習。群馬まで来ていながら、
地元の歴史・文化にふれる時間がない。
今回の遠征で顧問として一番悔やまれた事であるが、
総文祭・甲子園・コンクールの日程を考えると
やむを得ない。マーチングステージを8日に控え、生徒達に気合いが入る。
9日に甲子園も待っている。数日前まで、普通の高校生顔をしていた生徒達が、
凛として頼もしく見える。
もはや、学年を越えて全員が「岡山県代表の顔」になっていた。
翌日、ホテルでお世話になった方々と涙のお別れ。
玄関先で踊った「サンバ桃太郎」は、いい思い出となった。そして、本番会場へ。
「6日のパレードを見て是非マーチングを見たい。」と
詰めかけたお客様に励まされ、体育館へ。
全国の代表達との楽しい交流演奏会。一堂に会したアリーナでの大合奏と
バトンのパフォーマンスは圧巻であった。
そして、本番。緊張と不安が最高点に達し、生徒達が堅くなる。
チューニング会場で「音合せ」をする時間を使って「心合せ」を行う。
かけ声を出して気合いを入れる。体育系文化部と言われるような光景が広がり、
生徒達の顔色が「青」から「赤」へ変化。浮き足立っていた心が、
平常に戻り「目」がすわる。
もはや、演奏・演技を楽しもうとする「笑顔」に変わっている。
アリーナの扉が開き、倉商ワールドが展開。しっとりとした日本の朝焼けから、
和太鼓の勇壮なリズムにのって躍動感あるフォーメーションが、
30m×30mを狭く感じるほど広がってゆく。
キラキラ輝く生徒達の笑顔がフィールドを埋める。
そして、シメの「うらじゃ!」の声が会場いっぱいに広がり、生徒達の汗が光る。
沢山の拍手に包まれながら、「サンバ桃太郎」を演奏しながら退場。
群馬の地に「倉商サウンド」をしっかりと刻むことができた。
緊張から解放された生徒は、満面の笑みを浮かべ、
お互いの演奏・演技を讃えあっている。同行した保護者はもちろん、
地元の見ず知らずの方々から絶賛を浴びて記念撮影に臨む。
生徒には最高の思い出の1ページとなった。
記念写真撮影もそこそこに、
大急ぎで楽器を片づけ積み込みを済ませ、帰途についた。
翌日は甲子園が待っている。大きなステージに立った生徒達は休む間もなく、
さらに大きなステージで活躍が期待されている。
甲子園の大舞台で倉商サウンドを鳴り響かせ、
吹奏楽コンクールでは「金賞」を受賞することが出来た。
今年の夏も、暑い熱い夏となった。
最近では、何においても数値が先行し「勝ち負け」にこだわることが多いが、
文化部(音楽)には「勝ち負け」より受け止める側の感性に
どう響くが大切であることを実感した。
人の心を揺り動かすのは、その人の心に自分たちの思いが届いたときに、
初めて生まれるものであること。結果だけにこだわり結果だけを追い求めるよりも、
その過程の中で何をしたか、何が出来たかをきちんと評価し褒めることが、
生徒を大きく成長させる励みとなる。人から愛され、褒められ、誰かの役に立ち、
必要とされて大きく成長できた瞬間を、生徒達と一緒に過ごすことが出来た。
また、今回の遠征では、倉商吹奏楽部の「和太鼓」を造ってくださった
群馬県にある「手久野太鼓」の元社長(故)柿崎氏のお墓参りも、
部員全員で行くことが出来た。
和太鼓をロープと特殊な接着剤で製作し、
その試作品を倉商吹奏楽部にお貸し下さり、
全国大会出場を支援してくださった方で、部にとっては大切な一人であった。
卒業生、保護者の皆様や関係各方面へ、感謝の気持ちでいっぱいの
「ぐんま総文祭」全国大会出場であった。

# by kurashosensei | 2009-04-02 23:00
「部活動にかける青春」とは大げさですが、先生は部活動が青春そのものでした。
当時(30年前)は、コンクール県大会で金賞を受賞することは、遙か彼方の目標。毎日の部活動ですら、普通に出来ない厳しい条件の中で苦労して練習していました。だけど、自分の部は世界一だと思っていました。毎日の活動の中で、泣いたり・笑ったり・怒ったり・ふてたり・感動したり・いじけたり・やめようと思ったり、いろんな経験をしました。だけど、吹奏楽部が大好きでした。仲間が大好きでした。「全員の心がひとつになって演奏する感動」を経験しました。甲子園へも行きました。吹奏楽部は他の部では経験することの出来ない素晴らしい事の出来る部だと思っています。だから、大学に入っても吹奏楽部を創設しました。教員になって生徒にこのすばらしさを伝えたいと思い、こうして顧問をしています。
では、倉商吹奏楽部ってどんな部でしょうか?
1 元気と笑顔のあふれる部。
何よりも元気であること。
みんなの笑顔があふれる場所であることが一番です。
辛いことや悲しいとはみんなで分かち合おう。
楽しいことや嬉しいことはみんなで喜び合おう。君一人だけじゃない。
一人だけで苦しまなくていい。近くには大切な仲間がいます。
少子化で兄弟・姉妹が少なくなった時代に、
家族のように思える仲間がいる場所が倉商吹奏楽部です。
ひとりひとりは「かけがえのない存在」です。
2 すばらしい先輩とすばらしい後輩
いい先輩・後輩ってなんだろう。優しい?おごってくれる?
一緒に練習してくれる?よく気がつく?
何でも「はい」って返事をしてくれる?
「都合の」いい先輩や「都合の」いい後輩になってませんか?
先輩とは、常に後輩に愛情を持って接する事が出来、
後輩の目標となるべき人である。
後輩とは、常に先輩を尊敬し敬意を持って接することが出来、
先輩の信頼を得るにふさわしい人である。
倉商吹奏楽部で大切にしたい部員像です。
ドロシー先生の魔法の言葉
批判ばかりされた子どもは、非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは、力に頼ることをおぼえる
笑いものにされた子どもは、物を言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは、鈍い良心の持ち主となる
しかし激励を受けた子どもは、自信をおぼえる
寛容に出会った子どもは、忍耐をおぼえる
賞賛を受けた子どもは、評価することをおぼえる
フェアプレーを経験した子どもは、公正をおぼえる
友情を知る子どもは、親切をおぼえる
安心を経験した子どもは、信頼をおぼえる
かわいがられ、抱きしめられた子どもは、
世界中の愛情を感じ取ることをおぼえる
「子ども」を「部員」に置き換えるとどうでしょうか?
3 プレーヤー(演奏者)は機械ではない
演奏するのは、機械ではありません。
命のある「人間」なのです。かけがえのない命のある「人間」です。
その場にいなければ代替えで・・・をしていいのでしょうか?
仲間の存在がそこにあるから、意味がある。誰でも良いのであれば、
機械と演奏すればいい。
逆に自分をいなくても良いような存在にして逃げる事は嫌いです。
4 心から仲間と一緒に笑えますか?そして心から仲間と一緒に泣けますか?
心の中に大切な宝物がありますか?宝物はなんですか?
高校の時期は心と体が大きく成長する時です。
同級生や先輩・後輩を見るにつけ、嫌いになることもあるでしょう。
それはそれでかまいません。嫌いでいいけど協力は出来るはずです。
同じ目標を持つ仲間の存在がいつか理解できるときが来ます。
そして、その存在が宝物になるときが来ます。
仲良しさんだけの集まりは、何も新しいものを生み出しません。
ぶつかるから意味があるのです。
5 部活動の環境
吹奏楽部が活動するにあたり、
みなさんはどんな支援を受けているのでしょう?
学校の施設・楽器の使用。校外で出来る演奏活動。
文句ひとつ言わず送り迎えしてくださる保護者。
友達の応援や声援。地元の人たちの応援や声援。
演奏会に足を運んでくれる人たち。楽器を買ってくれた保護者。
先生方の応援や激励。指導してくださる先輩や先生。
一緒に活動してくれる仲間・先輩・後輩。
その他沢山の声援と激励と応援の声。
あなた方は、沢山の人たちの支えによって部活動が出来ているのです。
感謝の気持ちを持っていますか?
倉商吹奏楽部は、素晴らしい演奏を求めるだけではありません。
感謝の心も育める部活動を推進します。
6 楽器を大事にしてね。
楽器はしゃべりませんが、あなたにとっては大切な大切なパートナーです。
日々のメンテナンスは勿論、大切に扱ってください。
いい音づくりには大切なことです。
7 部活動をするための・・・
自分で選んだ部活動。好きなことをするのだから、
「するべき事」はしましょうね。
高校生は、勉強が仕事です。
勉強に得手不得手はあれど赤点は考えもの、提出物を出さなかったり、
課題をしないのを「部活」の理由で片付けることは出来ません。
家に帰れば、家族の一員。炊事・洗濯・掃除と全部やれとはいいませんが、
何もしないのは考えもの。保護者に不満をぶちまけるのはもってのほか!
8 自分を磨いて輝くために
高校生活はたった3年間。
されど、かけがえのない3年間にすることもできます。
それは、君次第。君たちには「無限の可能性」があります。
自分の可能性を信じますか?あきらめますか?
巣立っていった先輩達は、何があっても最後まであきらめませんでした。
だから、2,000人お客様の前であんなに輝けるのです。
あなたも、輝く可能性のある「芽」を持っているのです。
しっかり根を張って大きく成長してください。
# by kurashosensei | 2007-05-23 21:18
間もなく18年度が終わろうとしています。昨年の12月24日第29回定期演奏会をもって3年生が引退しました。毎年のことながら、定期演奏会では会場いっぱいのお客様を迎えて、和やかに自分たちの1年間の活動成果を発表できることは本当に幸せですね。
今年はぴょんにとっても沢山の思い出がいっぱいあった年となりました。何より3月の入院騒ぎは今までの不摂生を猛反省するべく、沢山の関係者に迷惑をかけました。トホホ。
当時軽く130kgはあろうかという巨体(本人は至って普通体と思っていた)が着る服がなくなるという困った問題だけではなく、普通の生活ができなくなるという恐怖に脅かされ10日ほどご入院。本人は、素敵な看護婦さんに囲まれて幸せな毎日でしたが、現場(学校)では、生徒たちが大騒ぎ!「顧問がおらん!」「4月のファーストコンサートはどうするんだ!」「春合宿は?」「新入生勧誘は?」「リーダー研修会は?」と、てんやわんやとはこのような状態だったのでしょう。みんなごめんね。特に、「高等学校吹奏楽連盟の主催するリーダー研修会」では、ぴょんが発表する「倉商部活動実践報告」なるものを受けていたため、幹部たちは騒然としました。入院・休養もどこ吹く風、毎夜インターネットのメールで幹部たちとやりとりが続きました。しまいには、文章なんか送っている暇はないと病院へ押しかけて病室がミーティング会場に。本当に大変な思いをさせました。「ぴょん講師」に代わって幹部たち5名が「講師」となり、リーダー研修会で発表。退院したのもそこそこに、<安静>を<安心>にしたくて、幹部たちの発表だけは見に行きました。吉備国立青少年自然の家は遠かった。到着した時は既に発表が始まっていて、こっそり後ろから入ったつもりが幹部生徒たちにはしっかり見えて、お互い視線が合うたびにお互いがだんだんぼやけて見えるように。とうとう幹部たちはこらえきれずに、発表中にもかかわらずグショグショ状態。生徒たちとの絆の深さを身にしみて感じました。この子たちと部活動のできる幸せを思わずにはいられない大切な時間でした。
そして、新学期。学校の行事も昨今の情勢により入学式や新入生歓迎行事が大きく変貌。生徒たちは、1月から準備していたことがすべて実施できない状況になり、大混乱。行事精選とはいえ、生徒の思い不在の運営が露呈してしまったように思え残念でした。あわただしく新学期が過ぎていく中、今年は30名近くの1年生を迎えました。生徒たちの勧誘活動を見ていて、何となく「全国金賞バンド」の看板がじゃまに見えることもありました。今年は今年。生徒たちは新たな気持ちで活動を始めているのに、回りはそう見てくれず、いつも見えないプレッシャーを感じていました。生徒たちは「すうぱぁろーかるばんど」でありたいと思っていたのかも知れません。立派な成績を残したバンドでなく、「元気いっぱい、夢いっぱい、笑顔溢れる活動」をしたいと願っていたと思います。そんな中、倉商にあこがれを持ち、夢を持った新入生たちが集い18年度がスタートです。
4月にファーストコンサートが無かったとはいえ、ハートランドパレードや、東商業高校との定期戦(式典・マーチング・野球応援)、バンドフェスティバル、同窓会総会演奏会と行事も目白押し。いつものように右に左に寄り道をしながら、進んでいきました。ファーストコンサートも、生徒たちや保護者・OBの強力な後押しで6月に開催。市民会館の舞台に150人ほどでならび演奏した様子は圧巻でした。
コンサートの余韻を感じる間もなく夏本番。野球の応援に続き、自分たちのコンクールが控えています。例年でも大変なプレッシャーを感じて体調を崩す生徒が多い中、今年は猛暑でもあり、異常なほど体調を崩す生徒が続出。休養している生徒がいない日はないほど苦しい日が続きました。
体調不良は、肉体的なもののみに限らず精神的な不調も助長する結果に。先輩諸氏からよく話を聞かされた、「全国3出後や全国金賞の翌年は、本当に部活が大変」を身にしみて感じました。既に全国を知っている上級生と、なにも知らない下級生との意識的なギャップ。体力的なギャップ。安易に「つれていって」気分で入部していた生徒の部離れ。様々な理由はありますが、いとも簡単に絆を断ち切る生徒たちを前に、現代っ子を見せつけられたように思いました。
秋に入ってマーチングが本格的になるとまた大変。今年を最後に今のスタイルでは「全日本吹奏楽連盟主催のコンテスト」に出場できないという、生徒の困惑。「最後の年だから・・・」と切迫した思いや、「昨年全国金賞」、「3出のかかった年」といったプレッシャーがじわじわ生徒たちを苦しめる結果に。幾度となく崩壊の危機を迎えました。しかし、生徒たちは本当に強かった。わずかな可能性でもあればそれを信じて、頑張ろうとする気持ちは、純粋で強くて私たち大人の打算的な気持ちを打ちのめしました。特にマーチング中国大会で部門でトップになるも、全国大会への切符を手にできなかった時の悔しさ。生徒たちは、嘆き悲しみ苦しみました。悔しくて悔しくて。残念な思いが心に重たくのしかかる中、どうやって明日からこの生徒たちと部活をやっていこうかと途方に暮れていました。
しかし、さっきまでの悔し涙はどこへやら、ものの1時間もしない夕食タイムでは、生徒たちは今までの抑圧された思いが一気に爆発。「結果は結果!」いつもの笑顔が生徒たちに戻り、恐ろしいほどの食欲とはしゃぎように、顧問唖然!やっぱ、この子たちはすごい!と保護者共々感心するばかりでした。
秋本番の沢山の行事に参加させて頂く中、国民文化祭やまぐち2006ではそれまでのマーチングとはうってかわって、生き生きとした本来の「倉商ワールド」を展開。音楽のすばらしさと生徒たちの純粋な思いをしみじみ実感いたしました。
そして、12月。1年間の集大成でもある定期演奏会に向けての準備です。遅れ遅れで自転車操業していたポスターやチケット販売、チラシ配布など一気に済ませ、準備万端とはいかないまでも、そこそこに。今年は昨年のように「風邪」の大流行もなく、直前合宿も充実して実施。恵まれた年となりました。演奏会は、ご覧の通りですね。沢山の笑顔に包まれて、本当に和やかに開催できましたこと、皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。最上級生が例年になく少ない中、全員で一致団結して作り上げたすばらしい演奏会だと思っています。
毎年のことですが、定期演奏会にかける生徒たちの意気込みはすごいものがあります。様々な舞台を踏むたびに、ぐんぐん成長している生徒たちの姿には感心します。つい8ヶ月ほど前には、楽器を持ったこともない1年生が堂々とステージで演奏をしています。昨年まで、合奏の度ごとにつまずいていた2年生が、自信に満ちた笑顔でステージに立っています。時に落ち込み、時に舞い上がり、多感な青春時代に「仲間」と呼べる大切な宝物を得た3年生が、リーダーとなって下級生を引っ張っています。楽器を持って歩き回るなんて、未知の世界だった生徒たちがすばらしいマーチングを見せてくれるのです。技術的には、まだまだ未熟です。が、吹奏楽演奏にかける思いは何よりもすばらしいものだと思っています。すべての学校の演奏会がそうであるように、倉商の定期演奏会も、そういった魅力があると思っています。そして、その演奏会を支えてくださった卒業生諸君や保護者の皆様の協力と支援、何よりも時間を割いてご来場くださったお客様の暖かい拍手が実を結ぶとっても大切な時間だと思っています。
さて、少し難しい話になりますが、教育の現場において成績を残すことは数値に見えて評価しやすいことだと思います。しかし、生徒たちの成長を数値に置き換えることはいいことなのでしょうか?達成率とか、得点とか最近特に数字を目にする機会が多くなりました。私の持論に「教育には、時間と金はかかるもの。無駄にこそ学ぶべき大切なものが隠れている。」があります。特に時間については、1年や2年で、いや、1年だけで成果を出せということは、あまりにも短絡的であると思っています。吹奏楽のような文化的な活動は、表彰状の数で評価されるものではないと思います。そんな紙よりもトロフィーよりも、どれだけ貴重な体験をしたか、どれだけ聴いてくださっている方々の心に自分たちの思いが届いたかが大切だと思います。そのために、自分を磨き、仲間との絆を深め、お世話になっているという恩を感じることが大切であって、ノーミスの演奏をすることが最終目的ではないと思っています。成績結果を重視する生徒には、あほらしくてやっていられない部活なのかも知れません。部活時間外も含めて校則を遵守したりする姿勢は、ばからしいことのように思える生徒が多くなっていることは残念です。途中挫折した生徒の多くが、怠惰な身なりをする姿を見るたびに悲しくなります。ましてや、頑張っている同級生たちを誹謗・中傷するような恩を仇で返す生徒もいると聞くと、本当に悲しい限りです。
最近の悲しい事件を耳にする度に、どこか、何かがおかしくなっていることを感じずにはいられません。子ども同士の世界の中に、「いたわり・共有・絆・共感・慈愛・感謝」といった言葉がなくなりつつあるように思えてなりません。常に自分が中心であって、「排他・削除・攻撃・阻害」といったことが多くなっているように思います。以前より疑問に思っていた、学校の週休2日制も見直しされる雰囲気の中、生徒の心の教育をどうするかを真剣に考えていかなければならないと常に思っています。学歴社会が無くなるとは思いませんが、子どもたちの健全な心の育成にもっと目を向けた教育をするためにも、このような部活動は不可欠であると考えています。厳しい社会の荒波の中で人生を見失うことなく、堂々と生きてゆく力を育んで欲しい。卒部していく生徒たちが、幸せな人生を送ってくれますように。願ってやみません。
# by kurashosensei | 2007-01-26 12:57
日時:平成17年11月20日
於:
大阪城ホール岡山県立倉敷商業高等学校吹奏楽部
<はじめに> 何をおいてもまず最初に、倉商吹奏楽部に関係された各方面へ心より感謝を申し上げたい。今回受賞した「全国大会金賞」は、勿論生徒達が獲得したものであるが、そのために物心両面にわたり御支援をいただいた方々の想いが有ったからこそ獲得できた「金賞」であると考えている。
<生徒達> 倉商吹奏楽部の生徒達は、ごく普通の生徒であり特別な技術を修得したり特別な指導を受けたりしている生徒ではない事を最初に記しておきたい。多くの生徒は、確かに中学校時代吹奏楽を経験しているが、高校に入学して自分の演奏する楽器を変えたり、高校に入ってから吹奏楽を始めた生徒もいる。また、地元中学校からの入学者がほとんどを占めているごく普通の商業高校である。現在部員数78名(男子3/女子75)全県下でも人数の多い部である。
<マーチングへの取り組み> マーチングコンテストへ出場する以前から、倉商ではマーチングを年間活動の中で実施している。倉敷マーチングや倉敷音楽祭パレード・倉敷ハートランドパレード・岡山桃太郎まつりパレード・定期演奏会でのステージドリルなど結構活発にマーチングをしていた。全日本マーチングコンテストに出場し始めたのは8年ほど前から、県大会初出場から中国大会へ出場をしており、6年前より全国大会へ出場をしている。今回のような「地下足袋にさらしを巻いた法被姿のマーチング」は5年前からの取り組みで、「日本」を意識したマーチングとして注目を集めた。
<第18回全国大会>平成17年11月18日 この日は、倉敷市学校音楽祭。市内の小学校・中学校・高校の児童生徒達が合唱・楽器演奏・吹奏楽を披露する市の恒例行事。倉商吹奏楽部も例年出演しており、翌日が全国大会では有ったが、生徒達の強い希望もあって市民会館で演奏を披露。全国大会で演奏する曲をせず、あえて児童の喜びそうな曲を用意しての演奏に、会場からは盛大な拍手を受け、生徒達もノリノリの演奏。夕方に演奏会を終了しいったん学校へ戻る。楽器を積みおろして、学校玄関前で明日のパレードのリハーサル。その後、業者トラックへ積み直し。業者トラックは、昨年度の「幕張大会」でお世話になった運転手さん。再会を大いに喜ぶ生徒達。営業トラックにもかかわらず、荷台後ろのドアには、倉商ステッカーがしっかり貼ってありさらに感激。明日への気合いが入りました。
11月19日(土) 朝8:45集合、点呼。いつもなら眠い顔で「むにゃむにゃ」言いながら集合する生徒達も、この日ばかりはしゃきっと集合。あちらこちらで笑みがこぼれる。定刻通りに出発、いざ大阪へ。
12:00過ぎ、大阪城公園南駐車場に到着。すでに別の団体が到着しており、音出しを始めている。そんな様子を横目に、とりあえずは、昼食。冷たい風が吹く中での昼食は辛かったが、生徒達は元気いっぱい。いつでもパレードモードに入れる準備であった。
トラックから、荷物をおろす。今回は大阪城内をパレード。どんなところか行ったこともない。しかし、無謀にも「ヤグラ」を組んでの「和風パレード」に挑戦。「オンリーワンだ!」と意気込んでいるが、果たしてどうなる事やら。先が心配である。
リハーサルの時間に入り、公園の片隅で合奏練習。とにかく寒い。旗を振る子達は、寒くて自分が震えていいる。合奏練習も早めに切り上げて、集合場所へ移動。ここからが悲劇であった。当初の予定では、園内の歩道を順調に通行する「ヤグラ」の予定が、500mほど行ったところで、「工事中」!?き、聞いていないよ。後方に連絡をして、「ヤグラ」を迂回させる。迂回のつもりが、どうにもならず歩道から担いでみたり、車道へ出たり、「てんやわんや」とはこのこと。集合場所にたどり着いた時には、「ヤグラ」を運んでくれた保護者・OB達は、既にパレード終了状態。へとへとである。顧問は何もなかったかのように「さぁ!元気出して行くよ~」。痛い目線をかわしながらパレードがスタート。いきなり、桜門の大きな坂道。見ない見ない、前だけを向いて歩こう!生徒達は、他団体の人数の多さも気にすることなく、「倉商ワールド」を展開。いきなり桃太郎サンバで観衆にアピール。うまい下手は別にして、ヤンヤの拍手。大阪の人はノリがええなぁ。DM(ドラムマーチ)も、アメリカ風のものをあえてせず、和太鼓でDM。かけ声の「さぁ、えんや~」にこれ又、観衆大喜び。マツケンサンバが始まった頃には沢山の人が後を付いて来ている。「すごいがぁ」と喜ぶ。「ヤグラ」を押す保護者・OBも「すごい!」と感激。天守閣の前では、ご当地民謡の「下津井節変奏曲」を披露。大阪城を背に堂々の演奏に、指揮をしていて思わず「うるっ」となる。大変な記念すべき演奏となった。気持ちをよくして、さらにパレードを続け終点へ。お疲れさま。後で聞いた話であるが、校長先生が「ヤグラ」に付いて下さっていたとのこと。青ざめてしまった。恐縮至極である。倉敷に帰って私の机がなくなっていたり・・・と、心配もした。
パレードも無事に終わり、片づけをして、夕食。やっぱり寒い。パレード終了までは、そんな事はどこかへ行っていたが、夕方になり日が落ちて余計に寒くなる。夕食弁当もそこそこに、「大阪城ホール」へ下見のため移動。バスを5分ほど走らせ、大渋滞のバスの並ぶ目的地へ。あきらめて歩くことにしたが、結構遠い。暗い。寒い。「トホホ」と思っていたのは大人だけのようで、生徒達は至って元気。ここでも、全国から集う仲間達に「こんばんわ」攻撃。一人が言い出すと、みんなで「こんばんわ」なのである。
かなりな時間「こんばんわ」合戦が続き、いよいよホールへ。入場が地下のスロープからとは、やはり規模が違う。でかい。とにかくでかい。ドアを開けたとたん、そこに広がる大舞台。遙か上にそびえる客席。天井までが途方もなく遠い。こんなでかいところで本当に「倉商マーチング」は通用するのか?かなり心配になってきた。プログラムを見ると、どの出演団体も大人数。150人とか160人とかである。倉商は少ない方から2番目。76名である。半分だ。あちゃー、と思って後ろを見たら、生徒達はいつもの「声だしマーチング」を堂々とやっている。堂々とどころか、他に負けないデカイ声でリハーサルをやっている。なんと頼もしいことか。大きくなったね。つい嬉しくなった瞬間であった。
運営サイドとの調整を行う。そもそもフェスティバルマーチングの多くの団体は、ピットパーカッションと称する打楽器を、指揮者の前に並べる。運営サイドもそのつもりで実施要項を作成している。しかし、倉商は「ヤグラ」を後方へ置く。導線もかなり変わる。生徒の安全確保を楯にとにかくお願いをして、後方より入場が許可された。やれやれ。それまでは、打楽器のリーダーが途方に暮れていたが、話を聞いて笑顔が戻った。毎度きしむ指揮台(倉商の顧問だからか)も素晴らしくデカイ金属製に変わり、「先生今度はこの上で飛ばないで下さいね」とクギをさされた。
下見が終わり本来で有れば、夜の練習会場へバスでの移動であるが、バス待ち場が大渋滞。歩いて行くこととなった。しかし、練習会場までが遠い!。3kmは歩いたろうか、結局「大手前高校」の先生が出迎えに来てくれた。半分迷子の気分である。
既に、トラックは高校へ到着。勿論バスも。なんとこの高校は7階建ての高校。体育館が2階にある。びっくりの連続である。19:30~21:30までの練習。倉敷ではあり得ない。騒音問題で中止させられる処であるが、ここは官庁街。夜はほとんど人がいないということで、思う存分音出しが出来る。都会ってすごいなぁ。
さて、夜の練習であるが、こんなに好条件であるのにいっこうに通し練習が始まらない。生徒達は、フォーメーション(隊形)をすごく気にして次に進まない。マーチングのリーダー達を中心にあちらこちらで、微調整の連続。だんだん焦りが広がる。OBや保護者の中から不安や怒りの声が聞こえ出す。いつもの雰囲気ではない。前に立つ指揮者はどこかに置かれ、とにかく自分たちの周りの形が気になるらしい。合わない。ぶつかる。が連続。いつの間にか、消える笑顔。暗い雰囲気。そして、時間切れに。
最後に通した時には、「攻撃的なマーチング」となり、全くの別バンドになり果てる。最初に、全国大会へ来た時を思い出した。そう、「舞い上がり」である。個々は一生懸命であるが、何を大切にしなければならないかが見えていない。結局、最後は「君たちは、こんなマーチングしに大阪まで来たのか?」で終了。暗い雰囲気の中での片付け。体力も、気力も果てていた。
半分落ち込んで、ホテルへ。このまま終わらせるわけには行かない。全員を集めてミーティング。時刻は既に22:30を越えている。「何をしに大阪へ来たのか?」を考えよう。今の君たちのマーチングは、フォーメーションに捕らわれて、一番大切な音楽が無い。
元OB会長が代表して心の話をする。「君たちは素晴らしいマーチングをしてきた。もはや隊形が、どうこういう問題じゃない」「金賞を取りに来たんじゃない」「日本一のマーチングを見せて欲しい」「江田先生と、この先生の指揮で、倉商マーチングを見せて欲しい」「みんなで積み上げてきた、サウンドを聴かせて欲しい」。生徒達が我に返った瞬間である。みんな、おやすみ。ゆっくり休んで明日は、笑顔で会いましょう。
解散際に、部長が出てくる。何が始まったのかと思えば、私に「プレゼント」だそうだ。広げてみれば、真っ赤な法被。敬老の日に「赤いちゃんちゃんこ」は聞いたこと有るが、真っ赤な法被とは。裏を見てびっくり。生徒達一人一人が想いをつづっている。思わずあふれそうになる涙。ぐっとこらえて。「ありがとう、明日はこれを必ず着るからね」が精一杯であった。その夜、密かに法被に書かれたメッセージを読みながら爆睡。後で聞いた話によると、部長はいつ渡そうか悩んでいたらしい。夜の練習が最悪な状態で終わってしまい、かなり困惑したそうな。本当はこれを渡して先生に感激して泣いてもらう予定だったらしい。しかし、夜の練習を見ると、泣くどころか途方に暮れますよ。
# by kurashosensei | 2005-11-20 02:14
11月20日(日) 朝6:30起床。眠い顔をこすりながら朝食会場へ来る生徒達と思いきや、元気いっぱいでハイテンション。セルフモーニングに列をなしてバイキング料理をてんこ盛り。普通朝はそんなに食べんだろうにというぐらい、洋食も和食も全ての料理をトレーに乗せる。顧問ビックリといいたいところであるが、そこは量の違いで生徒と差を付けるがむなしい抵抗であった。ふと、周りを見ると知っている方々がズラリ!あちゃー、よりによって全日本吹奏楽連盟の役員の先生方が・・・、何も知らない生徒達は嬉しそうに「おはようございます」を連発。顧問だけが「オロオロ、ドキドキ」。役員の先生方に声をかけられヒヤヒヤでした。「江田先生、今年はどんな楽しいマーチングを見せてくれるのかね?」「いやもう先生、この場所に来るだけで精一杯ですから」「今年は、大トリだね。楽しみにしているよ。」そこはかとなく、緊張が全身を包んでいたのは私だけのようで朝食で何を食べたのかは、良く覚えていない。しっかり食べたことは覚えている。
さて、十分に朝食もいただき、準備万端、集合場所には今や遅しと生徒達が待っている。ホテルの支配人様に、全員で御礼を述べた後バスへ。何度と無く移動を繰り返していると、誠にスムーズな展開、予定時間の半分で完了。こんな修学旅行ならいつでも引率するのにとは、顧問団の想い。一路バスは練習校である「大阪女学院高校」へ、とにかく大阪の高校は「すごい!」運動場が見下ろした場所にあったり、体育館が2階にあったり、でっかいチャペルがあったり、驚くことばかりである。体育館は少し手狭ではあったが、休日の朝から、しかも大阪城ホール(会場)迄ほんの数キロというすばらしい条件の高校。よくまあこんな良いところを練習会場にできたものと、つくづくOBのフットワークに感激。(有名常連校は、全国が決まる前から既に体育館等を押さえているらしい)
積みおろしもなれたもので、10分ほどで完了。ここまで来れば引っ越し業務はお任せかな?商業高校で有りながら、梱包・積み込み・ラッシングが出来る。良い技能を習得した生徒に力強さを感じた。体育館へポイントを張り付けていざ練習。昨日とはうって変わっての気合いの入れよう。生徒一人一人の輝きが離れていても十分伝わってくる。倉商の普段着の生徒達であった。音楽を大切にした充実した練習の時間はあっという間に過ぎた。 最後の通しの前に、昨夜の法被の御礼をする。「君たちのメッセージを読むと、私(先生)が君たちを全国大会へ連れてきたように書いてある。でも、ちがうよ。先生がみんなに連れてきてもらったんだよ。どうか自信を持って、倉商の手作りの、倉商らしいマーチングをしましょう。」「先生もみんなのこと大好きです。」
昨夜とは別バンドのような、豊かな響き。暖かいサウンド。そして切れのある発音。これなら、堂々と倉商を表現できる。生徒達の頭からは、成績がどうこうとか、全国大会とかがなくなっていた。「もう一度このマーチングをみんなでしたい。」県大会では、「もう一度中国大会でマーチングを見せてね。」と代表になった。中国大会では、「もう一度全国大会でマーチングを見せてね」と代表になった。だから、もう一度「倉商のマーチングを、見てもらいたい」この思いで、大阪城ホールへ向かった。
14:00 ホール駐車場は既に沢山の団体が到着している。演奏を終え片づけをしている団体もある。いよいよである。
楽器をトラックから降ろして、とりあえず駐車場横の公園へ移動。少し休憩させようと思ったら、真横でなにやらリハーサルを始めるバンドがある。耳慣れた曲と思えば、なんと淀川工業高校である。3年連続全国大会出場により今年はお休みのため、アトラクション演奏をするらしい。丸谷先生の姿が見える。ここは休憩も兼ねてしばらく、練習風景を見学となった。生徒には最高のプレゼントになったかな?楽しいひとときが過ぎた。とは、表向きの話で、実は大変なことが起こっていた。クラリネットが故障。出ない音がある。大変なことと、あちらこちらに問い合わせをするも現場修理が出来ない。困った。生徒も不安でいっぱい。このまま出場しなければならないのか?ここまで来て、演奏できないままこの生徒をほっとくわけには行かない。本当に困った。そこへ、地元で仕事をするOBのM子が登場。「先生、ちょっと知り合いがいるので聞いてみる。」これが大当たり。すぐにOBのM子に引率を頼んで、楽器と生徒を連れていってもらう。教え子が「神様」に見えた。
いよいよ、自分たちの出番。ヤグラも近くに据えてのリハーサル練習。どこからともなく観光客が集まってくる。息を揃える練習とフレーズの練習(確認)をした後2回ほど通しただろうか。楽器の修理も間に合った。
さて、ここからが「倉商にゃんにゃんタイム」なのである。3年生が1・2年生を前に、歌のプレゼント。感激した後輩達は涙でいっぱい。今度は逆に後輩達が歌のプレゼント。そして、今度は各パート毎に「にゃんにゃんタイム」なのである。端からみれば、全国まで来てこの子達はいったい何をしているのか?不思議に思うであろう。おかまいなしに「にゃんにゃんタイム」が過ぎていく。顧問は冷ややかに「今からぼろぼろになってどうするんだ?」「これからが勝負だというのに・・・、ましゃあないな」とあきらめるのである。
16:30 出演のための導線に入る。なんと、チューニング場に入ったとたん、2/3の生徒が逃亡?いや、トイレに消える。「おいおい、チューニングだぜ!」心配をよそに、わいわいがやがや。「きみらぁ、全国なめとんか?」といわれそうなくらいである。用を済ませたら済ませたで、今度は衣装の着直し。楽器は横に置いたまま。「なんでもしてくりぃー」と半ばやけになる指揮者。生徒達はすこぶる笑顔。ま、いいか。
5分ほどのチューニングで、リハーサル場へ移動。ここでは顔つきが変わっている。みんな「凛」として、頼もしい。うちの生徒こんなにりりしかったけ?と疑う。しかし、リハーサル場でも、まともなリハーサルはしない。とにかくかけ声をかける練習をする。最後の決めのパフォーマンスとかけ声。あっという間に5分間が過ぎて終了。
いよいよ、本番である。直前の緊張。と思いきやこれ又、TVカメラに「ピース!」なんじゃい。さすがに1年生は少し青ざめていたので、深呼吸。
大きなドアが開き、「中国支部代表:倉敷商業高等学校吹奏楽部」のアナウンスで準備へ。規定により今年から1分以内で入退場をしなければならない。減点がある。大変なことだ。生徒達は勿論、スタッフOBも機材を持って走る。私も巨漢を携えて走った。
程なく準備を終え、本番へ。生徒達が笑顔である。最高である。指揮者であることの喜びが満ちあふれる。「この生徒達と音楽が創れる」喜びをかみしめる。少しばかりのミスもご愛敬。倉商は「記録より記憶に残る演奏」を求めているのである。半ばまでは絶好調。ホールの大きさを感じさせない豊かな響き(と、勝手に思っていた)。和太鼓ソロに入り、仕込んでおいた、20m平方の巨大な旗が生徒達を覆う。拍手が起こる。よっしゃぁ。この間に、中では生徒達のはや着替え。紺色の法被から、一気に赤白の法被に変わる。和太鼓演奏が終わり、旗が下げられる。「おー!」と歓声と共に起きる拍手!といいたいところであるが、なんと、指揮者の衣装が変えられない。昨夜生徒からもらった「真っ赤な法被」になるはずなのに、上に着ている法被が、脱げない!汗でひっついている。昨夜は練習して良かったのに、なぜ?(ホテルは部屋が乾燥していただけのこと)
一人焦る指揮者。脱げない姿を見て笑いの起きる会場。(大きなひよこが、羽をばたつかせるように見えたらしい)横を向いている生徒は、何故笑いが起きているのか知る由もない。カウントをはじめたその時、脱げた!生徒の想いの赤い法被が現れた!指揮者大いに喜ぶ。後半はノリまくり。法被が赤になったことも嬉しかったが、こんなに生徒たちが笑顔で頑張っている姿に、感動である。このままずっと続けていたい気持ちであった。そして、最後のパフォーマンス。「はっ!」の声が会場に響き、倉商のマーチングが終了した。
会場から出た生徒達は、満足いっぱい。泣く者、抱き合う者、喜び合う者それぞれである。何人の生徒を抱きしめたであろうか。本当に無事で演奏・演技出来た喜びを味わえた。生徒達の頭には「賞」の事など飛んでいた。お互いをたたえた。大阪に来て良かった。本当に良かった。
片付けに入って、直ぐに代表生徒を会場に戻す。倉商は大トリなので、演奏後直ぐに表彰式に出席しなければならない。他の生徒達は、楽器をトラックの周辺に並べて会場客席に入場。ところが、足に負担をかけすぎた子がダウン。歩けなくなり、急遽「ヤグラ」がでっかい車椅子代わりになる。トラックまで連れて戻ったはいいが、さてどうしたものか。保護者へ連絡をして、とりあえずみんなと一緒に帰ることとなる。
しばらくして、OBの一人が会場から飛び出てくる。「せんせー!金賞!金賞!」自分たちに何がふりかかったのか理解できていない。飛び込んできたOBの様子に、じわじわと「金賞」の言葉が身にしみてくる。喜び合うOB達(トラックの周りで楽器の番をしていた)、そして泣きながら走り寄ってくる生徒達。もみくしゃにされた。生徒みんなが喜びと涙でぐしゃぐしゃになっている。保護者もうるうる。校長先生も登場。大変喜んでくさる。生徒達へ、ねぎらいのお話。そして、会場から出てくる全日本吹奏楽連盟の役員の先生方。見ず知らずの一般のお客様。沢山の方々に祝福された。幸せなことである。
表彰式が終わったところで、記念写真。校長先生に金賞トロフィーを持ってもらい。撮影場所へ。歩けない子も、顧問がだっこして移動。とにかく、「みんな」でなければならないのである。喜びに満ちあふれた写真撮影であった。
写真撮影を終え、楽器をトラックへ積み込み。運転手さんと、旅行をお世話して下さった方への「にゃんにゃんタイム」ささやかな生徒達の御礼の歌。さすがに当事者は感慨深げ。すでに、周辺には誰もいないが、そんなことはおかまいなし。「ありがとうございました。」の嵐の中、トラックは一足先に倉敷へ向け出発。
さて、お腹もすいたことだし、夕食会場へ。しかし、これが本当に遠かった。大阪城ホールから、大阪城公園外周を周り、大阪城天守閣へ上がっていく。暗い夜空に天守閣が浮き上がり、幻想的な景色である。足を棒にしながら天守閣のある処へ。なんと、中国代表でパレードコンテストに出場した「沼田高校」の生徒さん達が、夕食をとった後であった。「おめでとう」のシャワーの中を「ありがとう」とくぐり抜けて、夕食会場へ。歩けない生徒は車で移動。既に食事会場で待っています。顧問は、沼田高校の生徒さん達に捕まり、しばらく大騒ぎ。みんなの笑顔が本当に輝いていました。応援してくれて、本当にありがとう。夕食のたこ焼きを焼いて定食を食べ、お腹いっぱいになる。外に出ると倉商の他には誰もいない天守閣前。昨日のパレードの想い出をかみしめるように、駐車場へ移動。
バスに乗って、倉敷へ向け出発。しばらく騒いでいた生徒達もいつの間にか「爆睡」。お疲れさま。本当にお疲れさま。よく頑張りました。宝物がまた一つ出来ましたね。
倉商に到着したのは、12:00をまわっていました。保護者の方々に迎えに来ていただき、帰宅。いつもの事ながら、保護者の方々には頭が下がる想いです。
11月21日(月) 8:00に学校集合。トラックより楽器の積みおろし。そして、授業へ。生徒達は眠い目をこすりながら、1日頑張ったそうです。「5時間目・6時間目には耐えきれず、うとうとしそうな子も出ましたが、必死に目を覚まそうとして頑張っている生徒を見ると怒る気にならなかった。」とは、授業に行かれた先生方の感想。お疲れさまでした。
<おわりに> 最初にも書いたが、「金賞」を受賞したことは、嬉しい限りであるが生徒にとっては、「おまけ」のようなものであったのかも知れない。「金賞」よりもっともっと大切な「賞」を、心にしっかり刻んだに違いない。そのことを学べた事こそが、「金賞」であると感じている。
全日本マーチングコンテストは、2年後には倉商が出場する「フェスティバル部門」が消滅します。大変残念なことですが、コンテストとしてそろって歩く美しさを競い合うマーチングに変わります。しかし、倉商マーチングは、選曲からコンテの制作・衣装・フラッグのデザイン・パフォーマンスに至るまで生徒の手作りです。ひとつの完成を求めるまでには、右に左に上に下に遠回りしたり、逆行したりしながら進化していきます。県大会のコンテも中国大会では別物になったり、また、全国大会でも相当なる変更がありました。毎年のことですが、生徒達はより「いいもの」を一生懸命生み出そうと努力しています。著作の問題で編曲こそ出来ませんが、書かれている音符のひとつひとつのメッセージを、どこまで丁寧に受け止め、自分の音楽として表現することが出来るか。まさに自分との戦いであったと思います。苦しみ、悩みぬいて生まれてくる、本当の「想い」をつかんだとき、生徒達は大きく成長します。周りにいる仲間の存在に心から「感謝」し、一人一人がかけがえのない仲間であると感じることの出来る部活動であると思います。そんな、素晴らしい教育発表の場が消滅するのは残念ですが、生徒達はまた自分たちの道を自分たちでちゃんと見定めて行くものと信じています。
吹奏楽部は音楽活動を通して、人としての生き方や、仲間づくり、人づくり、感謝の気持ちを持つことや、ものを大切にする心など沢山のことを育む事の出来る部だと考えています。
安易に賞をねらうことにのみに走れば、専門の演奏技術指導者をつけ、専門のコンテ制作者をつけ、専門の編曲者をつけ、専門の歩き方の指導者をつけ、専門の旗を振る指導者をつければ、それなりのものは出来ると思います。しかし、自分たちが生み出したものには「想い」が込められています。「熱い熱い想い」が込められています。その「想い」が表現できたとき、倉商マーチングに「いのちの華」が咲くと思います。「ナンバーワンになるよりもオンリーワンでありたい。」という先輩達の「想い」がちゃんと後輩達に伝えられています。
これからも、倉商吹奏楽部は「すうぱぁろ~かるばんど」として、地元にしっかりと定着した活動を続けていきたいと考えています。
最後になりましたが、各方面で吹奏楽部の活動を御支援下さった方々へ感謝を込めて、全国大会報告といたします。ありがとうございました。
# by kurashosensei | 2005-11-20 01:00
第17回全日本マーチングコンテスト<フェスティバル部門>
岡山県立倉敷商業高等学校
吹奏楽部顧問 江田 晃記
1:はじめに 新入生14名を迎え、現在部員数72名(男子4・女子68)。県下では多い方の部員数とはいえ一時期の104名からは減少。ここにも学級減の影響があるのでしょうか。吹奏楽部は部員全員がレギュラーである代わりに、全員が同レベルにならなければ崩れるという厳しい音楽の世界です。この世界では、全国大会3年連続出場した次の年は全日本吹奏楽連盟の推薦により国民文化祭へ出演できるという冠がつきます。大変名誉なことですが、年々に変わってゆく生徒たちにとっては大変なプレッシャーです。 昨年度は、見事そのプレッシャーをはねのけ、堂々の連盟理事長賞を受賞しました。しかし、その次の年(すなわち今年16年度)は「だめバンドになる」というジンクスが大きく生徒たちにのしかかっていました。夏のコンクールでは、ジンクス通りの「銀賞バンド」となり生徒たちは大いに落胆。しかし生徒たちは諦めませんでした。秋のマーチングからが、本当に生徒たちにとっての正念場となりました。このまま終わりたくないという生徒たちの思いと取り組みをご報告させていただきます。
2:マーチングへの取り組み マーチング県大会の練習からは、心機一転。部員全員で取り組む練習にも熱が入りました。OB諸君も心配して例年になく沢山様子を見に来てくれました。そのお陰もあり、県大会では部門第1位を受賞。県代表となりました。そして中国大会が岡山浦安体育館で開催され、明誠高校さんと同点の中国第1位を受賞、支部代表となりました。しかし、ここからが大変でした。たった2週間ほどで、70名を超える生徒を幕張へ連れて行かなければならないとのことで、多数の関係者の皆様にご迷惑をお掛けいたしました。宿泊先の手配、練習会場、旅券、楽器輸送。本当にちょっとした修学旅行を企画したようでした。全てがスムーズに進みましたのは、支援してくださる皆様の御理解と御協力があったからこそと感謝しております。
3:全国大会へ 11月20日(土)のチボリ公園では今年から初めての取り組みとして倉商フェアーが開催されました。当初計画段階よりプレーネン広場のステージで演奏することとなっていたため、ミニコンサートを開催。打楽器のほとんどをチボリ公園側から借用し、マーチングで使用する大型楽器と生徒の荷物は前日一足先に東京へ送りました。大いに盛り上がった演奏会の後、逃げるように倉敷を後にして新幹線へ。
定刻に乗車し一路東京を目指しました。東京からバスに乗り、幕張本会場でのリハーサルを経て、成田にほど近い栄東中学校へ。
こちらでは夜遅く(21:30)まで中学校体育館を貸与して下さり練習が出来ました。ささやかではあったのですが、見学してくださってた、中学生・保護者・中学校の先生方へ何曲かを演奏し感謝に代えました。心のこもった演奏は生徒たちにも大切な思い出として、心に残りました。もしかして、そばで聞いていた同行保護者とOBが何より感動していたかも知れません。そして、夜おそくになっても快くおもてなし下さったホテルの方々。朝早くから食事を作って下さったり、学習のための部屋をわざわざご用意下さったり。感謝でいっぱいでした。バスの運転手さんも、気をきかせて下さり、朝の成田山へお参りもできました。山頂で「かしこくなる」という線香の煙を頭にこすりつけていた部員たち。近くで「そんなことでは期末考査でいい点は取れませんぞ!」と微笑ましく見ておりました。
そして、会場へついたときには既に、倉敷からのトラックも到着していて準備万端。この上ない良い環境の中で準備することができました。
いよいよ本番を迎えての演奏。例年になく暖かい幕張でしたが、会場内は超満員のお客様でした。異常なほどの熱気に包まれ、生徒たちも緊張が頂点に達していました。「フェスティバル部門1番、中国地区代表、岡山県立倉敷商業高等学校」のアナウンスに、5,000名を超える会場内から沢山の声援を受けました。数年前より、はっぴに地下足袋はいて、さらしを巻いてのマーチングは全国的にも類を見ないオリジナリティーで、少なからず注目を集めていたようでした。演奏演技に細かいミスや本番前に迷子は出たものの、倉商らしい演奏演技ができたことは、本当に良かったと思っております。生徒達の笑顔に包まれ幸せなひとときでした。
翌日、朝からホテルでの学習会。生徒達は一生懸命学習していました。3時間があっと言う間に過ぎました。日頃授業で「ぼけーっ」としていそうな生徒も、引率渡辺先生のご指導の元、頑張っていました。そして昼から電車での移動で千葉駅へ、歩いて先にホテルへチェックイン、ここでも大きなお部屋をお貸し下さり、思う存分合奏練習ができました。足を変なところでくじいてしまった部長K。「なにをしとんじゃぁ!」渡辺先生にまたまたご迷惑をお掛けしました。その後、中央公園前の広場でのゲリラ的なパレード練習。にわか練習にもかかわらず滞りなく練習ができました。千葉中央公園で突然流れた桃太郎サンバは地元の方々にはさぞビックリされたことでしょう。通りすがりのサラリーマン風の紳士に「もうしないのか、もう少し聞かせてくれ。」と言われたのですが、ホテルより「そろそろ限界です。騒音クレームが来そうです。」の連絡がありましたので、撤収いたしました。
しかし!翌日のディズニーランドパレードでは、櫓が組めないという問題が発覚!どうしよう。和太鼓を是非とも担いで運ばなくては。急遽OB付き添いの3名に依頼。補助に同行旅行業者の方とトラック運転手さんにも依頼。補助の2人はいつの間にかメインで担いで下さっていました。すいません。本当にありがとうございました。
そして、つかの間の会場下見。生徒達はここぞとばかりに大はしゃぎ。メインストリートパレードを見たり、おみやげを買ったり、おいしいものを買って食べたり。本当に苦労した甲斐があって良かったね。先生は一人、フードテラスに座りバーガーをかじってポテトつまみながらコーラタイム。パレードのイルミネーションが遠くで輝いていました。1年間の子どもたちの苦労が走馬燈のように頭を駆けめぐりました。
そして、閉園間近となりました。「迷うなよ!」って言ったのに。3年生R子、全く別の出口に居て、大ベソかいてます。顔中涙でぼろぼろです。みんなの前で謝る姿をほほえましく見ている仲間達。またなぜ隣のY子が号泣するのか?やれやれ。微熱のVちゃんもホテルで待っていましたが、元気な様子で何よりでした。時間を守る、マナーを守る。大切な事を学びましたね。
最終日は、朝からハイテンション。食べる食べる!ホテルの朝食を食べまくる!「普段そんなに朝食は食べないだろう?」と聞けば、「元気ださんといけん!」とのこと。モーニングバイキングだったので私に負けないくらいテーブルに並んでいたごちそうの数々には閉口してしまいました。あの食べっぷり将来の旦那さんに見て頂きたい。ごっつあんです。看板を「吹奏楽部」から「相撲部」に変えても通用するかな?と思わされました。
食事も終わり準備をしてホテルの方々にご挨拶。その後バスへ、しばらく沈黙(ただ全員爆睡していただけ)。
いよいよパレード場所へ到着。一般人は絶対入れないところをすいすいバスで入れます。生徒たちは感動しまくりとはこのこと。会場の熱気に生徒たちはやる気満々。その中で、沈没気味の5人(保護者他和太鼓担ぎ手の皆様)。トラックからの荷下ろしを済ませ、音出しへ。係の方の誘導で移動。しかし、問題が発生。トイレ行き隊が異常増殖。あれよあれよで列ができる。リーダーより「あと少しなので、我慢できる人は我慢して!」・・・う~ん。微妙な指示でした。
パレードが始まり、一生懸命練習したイントロがお客様のいないドアの外での演奏・・・しかしドアが開いたとたん環境一変!あまりの人の多さに、顧問は足がすくみました。「わっ!すごい!」しかし動き出したパレードはそのまま人の群れの中へ。テンポが幾度も変化する「下津井節」「うらじゃ」。(えらいこっちゃ~)と内心ハラハラドキドキ。しかし、本番回数は生徒を育てていました。こちらからの指示に的確に反応していることに顧問は感激(うるうる)「曲がとまらんがぁ~。よかったぁ。」どんどん行こう~ぜ!と後ろを向けば、「げっ!」和太鼓の担ぎ手が笑っていながら目がにらんでいる。怖いヨー。でも残りまだあるし、と笑ってごまかす。そしてそのまま最後までやり通しました。スタッフの皆様本当にお世話になりました。生徒達の安堵した笑顔が戻ってきました。
パレードが終了して。またまた、ここからが大変でした。着替えなければ、楽器片づけなければ、トラックへ積み込まなければ、皆さんにお礼を言わなければ、といっぱい「しなければ」が攻めてきます。時間がない中での「しなければ」はたいへんたいへん。右往左往しながら結局、お礼を伝えたいスタッフの方々をずーっと待たせるという、誠に迷惑な結果となってしまいました。パレード記念にいただいた、ディズニートロフィーが最高の思い出づくりのプレゼンターになりました。今も校長室に飾ってあります。
そして、超満員となり入場制限のかかるディズニーランドへの入園をあきらめ、昼食はお台場へ。
はじけた生徒は、とにかく騒ぐ・写す・食す・見る・買うを一気にこなしていました。また、その行動のすさまじいこと元気なこと。顧問は、よたよたになっておりました。東京駅でも思いの外早く到着したので、50分ほど自由にしたとたん多くの生徒たちが「東京ばなな~」と叫びながら買い出しへ。どこにそんなエネルギーがあるのか。やれやれです。
定刻の新幹線に乗車。とたん静まりかえった車内。聞くところ私のいびきだけが響いていたとか?生徒は健やかに「爆睡」状態でした。途中快晴の中で滅多に見えない富士山の全景も、半分夢の中。あんなに食べたのだから、ねむいよなぁ。食い気1番の女子高校生と男子3名でした。
大阪を過ぎる頃に、誰が指示下でもなく、もこもこと起き出して降りる準備。本当にお疲れ様。「帰るまでが、遠征なのだから寄り道・・・。」と言おうとすれば、生徒は既に帰る気持ち満々でした。翌日は7:30から学校で荷物の積みおろし。学校を休む訳にはいきません。「早う帰らんと、寝れんがぁ!」。いやいや、おうちに帰ったらせめて家に人にお礼とどんなかったか、お話しぐらいはしてよなぁ。
# by kurashosensei | 2004-11-20 00:20
4:おわりに こうして、71名と顧問+保護者そして有志OBの遠征は終わりました。関係の皆様方本当にありがとうございました。心よりお礼申し上げると共に、また、元気に頑張りますのでご声援よろしくお願いいたします。
もちろん、翌日は元気いっぱい、笑顔いっぱい。朝7:30集合。トラックから荷物を積みおろし、重たい楽器や私物を持って3階を数往復。そして、授業。 本当に元気やなぁ。運転手さん本当にありがとうございました。皆様本当にありがとうございました。
5:なぜ部活動なのでしょうか。 元々素質ある優秀な生徒をピックアップして育て、優秀な成績を残すのですら大変な努力と周囲の理解・援助がなければとうてい出来ないものを、ごく普通に中学生をしてきた生徒や、高校になって初めて楽器を手にする生徒を全国のレベルに持ち上げることがいかに大変か。技術的な指導だけではどうにもなりません。また、飛び抜けた技術を持った生徒が数名いてもどうにもなりません。全員が飛び抜けなければならない。強靱な精神力と団結、お互いの信頼関係が無ければ出来ないという団体競技の恐ろしさです。かといって、勝つために安易に専門家の技術指導を受けたり、レベルに達しない生徒の出演を「出るな」と、辞めさせたりすることは、指導上簡単ではあれ、教育の立場からは適切とは思えません。むしろそうしてしまう短絡的な考えが、子どもたちから豊かな情操や友達への思いやりなど、人として育まなければならない大切な芽を摘んでしまうことが多々あると思います。「出来ないのなら辞めろ!」ではなく、「どこまで出来るのか頑張ろう!」でありたいと思います。
生徒たちは、一生懸命頑張っている仲間をけっして置き去りにしませんでした。いつも、「一緒に頑張ろう」という気持ちを持ち続けました。中には、厳しい練習に耐えきれず、周りの友達に引かれて遊びたくて、去っていた部員もいます。しかし、「あきらめない!最後までやり抜くんだ。」という信念を持ってすれば、一緒に頑張ってくれる仲間がそばにいます。一緒に悩んで、泣いて、笑ってくれる仲間がいます。これこそ部活動をする意味であると思います。 生徒たちの可能性には、本当に計り知れないものがあります。毎年びっくりさせられます。
特に倉商の生徒たちは、なんと言われても最後まで諦めず、問題にぶつかっても逃げ出さず、一生懸命やり抜く姿が、全国級だと思います。部活動はけっして習い事ではありません。成績さえよければ後は・・・・を許してはいけないのです。日頃の学習への取り組みや、礼儀・服装・頭髪・言葉使いに至るまで頑張ろうとする生徒たちを見て、こちらが励まされます。未熟が故、沢山の方々に多大な御迷惑・御指導を頂きながら頑張っている生徒たちは、何もしないで放課後ふらふらしている生徒たちとは、ひと味もふた味も違います。成績を残しているかいないかが違うのではなく、心が大きく育っているかいないかが違うと思います。
私の夢は全校生徒が様々な部活動で活躍することは勿論、職業高校生として自覚と誇りの持てる生徒になってほしいと願っています。とかく、数値として目にする点数や順位だけで優劣を競う傾向が多い世の中ですが、本当はもっと大切なものが職業高校にはあるし、それをちゃんと培えるのが職業高校だと思っています。
自分たちの活動に自信と誇りを持って頑張っている生徒達をこれからも、見守ってゆきたいと思います。
# by kurashosensei | 2004-11-20 00:00